毎日のディスタンス

週末はドタバタでブログ更新が途絶えてしまった。韓国から日本に来ている友達の家で、少人数のディスタンス・パーティをやったりしていた。ポッサムをつまみながらビールをゴクゴクと飲む。アミエビの塩辛(セウジョッ)があったのが嬉しかった。刺激的な塩辛さがあまりほかにないタイプの調味料。新大久保で売っているらしいので僕も買って家に導入しよう。韓国といえば!のチキンもご馳走になった。カンジャンを絡めると美味しく、無限に食べられる。カンジャンとは塩味の「醤」で、日本の醤油に似てるけどちょっと甘みとコクが強い感じ。ありがとうございました。

 

今日は用事があって新宿を歩いていたのだが、人出が多すぎて面食らった。自分も出歩いているので責めようがないのだが、これでは感染拡大は止まらなさそう。緊急事態宣言のときは、政府が一声かければピタッと従うのが日本だなと考えていたが、逆に一声かけない場合はみんなかなり自由に振る舞ってしまうのだなと実感する。やたらと甘いものが欲しい気分になり、スターバックス・コーヒーで極度に甘い飲み物ーーキャラメルフラペチーノを買って帰宅。

寝巻きとしてのアンビエント

2010年代に入ってからというもの、やたらとアンビエントばかり聴くようになっていまに至っている。ウェルネス……といえばいいのか、身体的な安定や充実に対してはてんで無頓着な自分だが、耳だけはそのようなモードになっているようだ。アンビエントといっても「これがアンビエントだ」と銘打って作られる音楽と、とくにそういう打ち出しはしてないけど「そういうもの」として聴ける種類の音楽があり、いちおう自分のなかではそれらを一緒くたにしてアンビエントと呼んでいる。時代によってわりとテイストが違っていて、いろんな方向性があるけど基本的には安らぎを目標設定としているという点では一致しているというのが好きなところだ。しかし、例えばBURZUMなどをアンビエントに入れるならばその基準も適用できるかどうか危ういので、便宜的な解釈でしかないとも付け加えておく。

なかでもよく聴いているのがHarold Buddの“The Pavilion of Dreams”(1978)で、これがいちばん自分のなかでしっくり来ていて揺るがない。あまりにもしっくり過ぎてオールタイム・ベストだとすら認識していなかった。もはや寝巻きとか、お気に入りのコップみたいなものになっているかもしれない(『家具』だ)。ジャズ要素が強いし、もっとボンヤリと形容するならば、官能的なところが好きなんだと思う。12月8日、Covid-19による合併症のために逝去したとの報を受け、ようやく振り返ることができた。これからも聴きます。安らかに。

Twitter Japanの2020年まとめと『ディスタンクシオン』みたいな話?

以前、年末が好きだと書いたけど、その理由のひとつとして、その年のまとめがなされるからというのもあった。単に、まとめを見るのが好きなのだ。ベストディスクとか。

 

そんななか、今日は苦々しいまとめを見てしまった。Twitter Japanによるものだ。「Twitter上で2020年を共に過ごした皆さんへ」というタイトルから本文にいたるまで、徹頭徹尾「煽り」に見えてしまうのは、自分自身が今年(も)Twitterにかぶりつきだったからにほかならない。ひとつのプラットフォームをあたかも世界と同一視し、一喜一憂していた自分に、ほのかな情けなさを感じながら読み通した。

 

blog.twitter.com

 

とくに、今年もっとも「いいね」がついたのは「100日後に死ぬワニ」の最終回というのに「くる」ものがある。もう誰もワニの話をしていない。もっとも引用ツイートされたのはポテトサラダだった。ぴえんはもっとも多く使われた絵文字とのこと。もうこの文字の名称は「ぴえん」で確定しているのか。

 

ただのランキングだが、日本Twitterの精神性が浮かび上がっているように思う。しかしここで考えたいのは、Twitterの外では何が起きていたのだろうといったことだ。いまだにネットの外の世界は存在しているのだった。Twitter的ニュースを誰かに話したら「それ何ですか?」と言われることもザラにある。

 

そういえばTVODが美学校のオープン講座でやっている内容は、階層や地域で文化意識はどう形成されるか、いろいろな人に話を聞きながら探るというものだ。何度か講義を行っているなかで気付いたのは、ネットにどのタイミングで接続したか/していないかといったファクターも重要な相違になっていることだった。これがより最近になると、Twitterを熱心にやっていたか、それともInstagramか、TikTokか、みたいな側面においても意識の違いが生まれてくるのだろう。言わずもがな「回線があるか」どうかが、階層として現出することになる。

そんな感じでやっておりまして、オンラインなのでまだまだ受講者も募集中です! よろしければぜひご検討ください!(最後は宣伝になってしまいました)

 

bigakko.jp

 

ミロについて

ミロの安定供給が困難になったため生産停止らしい。

そんなに人気があったことに驚き。気がつけばもう20年くらい飲んでいないが、子どもの頃は家に常備されていたのでガブガブと摂取していた。しかし、甘いものが飲みたいときに消極的に選択する対象であって、好きだったかと言われると、それほどでもない。とにかく甘いものを飲む機会が少なかったのだ。だからといって親によって規制されていたかというと、そうでもない。当時は甘い飲み物の世界を知らず、ミロによって充足していたのだろう。

 

ミロには「粉がよく混ざらない」というデメリットがあると認識していたのだが、もしかしたらいまは改善されているのかもしれない。粉が完全に溶けている「缶のミロ」は大好きだった。(あまり置いてないのだが)売っているのを見つけたらすかさず買ってもらって、大満足していた。

 

のちに「マックスコーヒー」にハマってしまったため、自分のなかでミロの存在はだんだん遠ざかってしまった。「コーヒー」を飲むのは大人というイメージがあったので、大人に憧れていた僕はマックスコーヒーを積極的に選択したのだ。味はあんなに甘ったるいのに。

毎朝のシニシズム

昨日の朝、ひさびさにバラエティ的なニュース番組を見ていたのだが、芸能ニュースというのは不思議だ。何が問題なのかよく分からないことでも問題化させている。誰もが「これは○○の問題である」と定義できないままに激論を交わしているのを見ると、これぞ究極のシニシズムだな、なんて思ったりする。

 

最近はTwitterよりテレビを見るようにしているのだが、あれよあれよと報道や議論が流れていってしまうTwitterに比べると、テレビは同じ出来事をズルズルと取り上げているように見える。このスピード感の違いが気になる。

渋谷のMIYASHITA PARKを歩いた

じつに久々に、渋谷の街を歩いたような気がする。以前の記憶は、冬にゲラを持って渋谷駅南口をウロウロしていたというもので、もう駅はリニューアルしていたのだが、あまりに様変わりし過ぎていて途中で自分がどこを歩いているのか分からなくなってしまった。キョロキョロと周りの風景を見ても「渋谷」と結び付かず、どちらかというと町田駅前にいるような錯覚に陥ったりと、強烈な体験だった。

ハチ公前もなんだか違う飲食店のようなコンテナのような建物が設置されていた。じつは「MIYASHITA PARK」に足を踏み入れたことがなかったので、今日この機会に散歩したのだった。まず目を奪ったのは以前からあった歩道橋で、これは2003年ごろに行われていたサウンド・デモの出発地点だが、その橋が当時のまま、出来上がったばかりの綺麗なバルコニーに接続されていた。そこから中に入ると「筋肉食堂」という奇妙な名前の飲食店から肉の焼ける匂いが漂ってくる。どこか「MUJI無印良品)」を想起させる「KINNIKU」というロゴの下で人々が食事をしている。

屋上は公園になっていて、写真などで存在は知っていたが、想像していたよりずっと雑然として見えた。キープ・ユア・ソーシャル・ディスタンスとあちこちに表示されているものの人がひしめき合っていて、クレープを売る露天が出ていたり、活気がある。ボルダリングや、ビーチボールをやるための砂浜まで出てきた。

かつて公園のそばにあった飲んべえ横丁は健在で、前は立ち並ぶ建物や公園に囲まれてひっそりとしていた印象だったが、いまはどちらも消えたので、街の中で浮き上がっているように見えた。近くには「渋谷横丁」という、MIYASHITA PARK内の居酒屋街も出来ていたが、とくにお酒を飲みたい気分ではなかったため、立ち寄らず。次に機会あれば。

時代の自意識

一ヶ月ほど前にある人と話していて、その方が「時代の自意識」と仰っていたのが頭に残っていて、いまもよく反芻している。ある時代というのは、後年「こういう時代であった」とまとめられがちで、それが「時代の自意識」だ、と僕は解釈した。まとめるという行為の結果として、その時代を生きてきた個人の経験から見た「時代」とはズレるという状態が発生する。僕が個人の経験に興味を持ってしまうのは、そのズレを認識したいからといった要素が強い。

例えば、80年代から90年代に移り変わる頃は「80年代はスカだった」(音楽ジャンルのスカじゃなくてカスみたいな意味のほうです)といった言説がたくさん打ち出されていたけれど、それもまた「時代の自意識」をまとめたい、提示したいという欲望の現れなんだと思う。現れ方としては、「あの頃はよかったね」的なパターンと、「スカだった」的な反動パターンに大別されるだろう。また、時代がさらに進むと、ファンタジーのようにパッケージされることもある。「三丁目の夕日」パターンだ。

僕は基本的に、過去とは何だったのか、といったようなことを書いたり話したりする機会が多いので、「いつまでやっているのか、90年代おじさんなのか」などと友達にからかわれたりすることもあるのだが、まあもっともだ……と思いつつ、こんな問題意識も抱えているーー過去を振り返りどうまとめるかという作業がからかいの対象になってしまうと、現代を認識することもままならなくなってしまうのではないか。なぜなら、現代もやがて過去になってしまうからだ。僕のなかに過去に対する執着があるのも事実なんだけど、つねに現前して流れていく情報を見るにつけ、これらはどう「まとまる」のかな、ということも気にしている。

そして、近いうちに現代に対する反動が起こるとも考えている。それがどんな形になるかはまだ掴めないが、もっとも重要なのってそこかも、と思い始めている。つまり、現代にも「時代の自意識」はあり、それをどう捉えるかをつらつらと考えているというわけだ。