魔境としてのTwitterに関するメモ

イーロン・マスクによってTwitterがざわめく日々が続いているが、日本ユーザーの様子で特に興味深いのが、先日の大量解雇に対する反応だ。ざっくりまとめてしまうと解雇されたのは意識高い系だみたいな誘導が存在し、なんとなくその説が普及しているといった具合だ。なんでもTwitterの社員は1日4時間くらいしか働いていないし、仕事中にヨガや日光浴をしてるようなスーパー有閑階級だという設定というか物語がウケているようだが、ソースはよくわからない。加えて、それらの社員は現代の左翼的な思想(広義のリベラリズム多文化主義がそこでは名指される)を持っている、なんて尾ひれもついている。例としてこちらのツイートなど(この人には昔なぜかブロックされていたのだがいつの間にか解除されておる)、インフルエンサーの発信に喜ぶ人たちがいることまでは観測できる。このような説の元ネタとして「ルンペン・ブルジョワジー」なる単語を唱える記事の存在があるようだ。少し前に見かけた記事だがどなたかによる日本語訳が出て広がっている。この記事自体は興味深く読んだが、昨今の多文化主義批判の中でもちょっと毒っ気の強いバリエーションであって、これだけを根拠に欧米の企業社会を定義するのはわりと無理があるような。。。特に日本に置き換えるとほとんど当てはまらないのが現実なんじゃなかろうか。まあ、大企業の中のことは僕はよく知らないのだけど、、少なくともTwitter日本法人は明らかな人権侵害も放置しがちなのでたびたび批判されていたはずだ。「トレンド」が人為的であるという話も以前から知られていたものだが、これほど驚きを持って受け取られるのは、やはりTwitterというのは自由な言論空間として認識されている(認識したい)側面が強いのかなと思う。

冒頭の話題に戻るが、Twitter社員がスーパー有閑階級だという説に確たる根拠はなく、このようなツイートもあるのだが、ツイートにくっついているリプライ群に注目されたい。さまざまなアカウントがいや絶対マジメに仕事してない!と必死で食らいついており、理解に苦しむ。彼らをかき立てるその欲望とはなんなのか。とにかく自分に気持ちいい言説を求め続け、複雑な現象を簡単に解読し断定するためならどんな説にでも乗っかっていこうとする、その果てには陰謀論が待っている。これはイデオロギーの右左問わずそうで、陰謀論とは特定のイデオロギーや善悪ではなく、上記したような行動様式に宿るものだ。そんな状況を日々確認できるTwitterは相変わらず魔境である。

魔境としてのTwitterがある一方で、ユーザーは「ほっこりしたいい話」を求めるもので(というよりそっちが多数)、奇しくも本日コロンブスの卵のごとく「画像を逆さにする」だけで好感度爆上げをゲットするという手法を目撃し静かな衝撃を受けた。

結論:スターはすごい。

小学生に「それってあなたの感想ですよね」と言われたら

「それってあなたの感想ですよね」と言う小学生。そんなエピソードがTwitter上には散見され、本当にそうなの!? なんだかネットに相性の良さそうな小話なんじゃないのと疑ってかかっていたのだが、最近ではリアル知人からも何件か同様の報告を聞いたので、どうやら本当に存在するようだ。

 

そうなるとやはり「もし自分が言われたら」どう反応しようかなと考えてしまうのだが、頭ごなしに「そんなこと言うな」と否定したくはない。自分が子どもの頃、両親がなにか自分の知らない話をしていると「なになに〜」とよく割って入っていたのだが、そのたびに「子どもが大人の話に入ってくるな」と叱られたものだった。すると自分はシュンとしてしまうわけだが、入ってこられたくない話題だったら自分がいないところでしてくれよと、いまだにちょっと腹を立ててしまう。

 

話がちょっとズレたが、何が言いたいかというと、頭ごなしにコミュニケーションを遮断されてしまうと、38歳の自分がいまだに根に持っているように言われた子どもはずっと覚えていることもあるので、そこは気をつけたいのである。ただ、じつは「それってあなたの感想ですよね」もまた、コミュニケーションを遮断する類の言葉である。遮断してなんとなく勝った感が出るので流行るのだろう。子どもは大人よりもはるかに速いスピードで成長していくものだが、ちょっとズルいというかチート的な方法論を見つけたら取り入れたくなってしまうもので、簡単にイイ気分になれるツールとして採用されるのも無理のない話だろう。

 

それにしても、本来この言葉が指す意味を正確に表すなら「それってあなたの主観ですよね」と言った方がベターかと思われる。しかしそこをより身近な「感想」という単語にするだけで、言葉の持つ高尚さの段階を下げるような効果もある。子どもにもなじみ深い言葉になる。ここに作者の巧みさがある。

 

よくよく考えてもみれば、人間がなにかの出来事に対して意見するときはたいていが「感想」ないしは「主観」なのである。瞬時に客観的な意見を述べられるなんてのはそれぞれのテーマにおける専門家に限られてしまうだろう。それが否定的に機能すること自体が本来は不自然なことではなかろうか。なので、もし小学生にそう言われたら、「そう、これは感想なのだ」と素直に認めるのが良さそうだ。かつ、相手の「感想」も聞いて、一致する部分、違っている部分を認識し合うとやり取りが生まれるとも言いたくなる。それは楽しいものだと思ってもらえたらなお良い。大人に同じことを言われたら無視します。

 

ただ一点付け加えると、「感想」から始めるのは自然なことだが、延々と「感想」だけをずっと垂れ流し続けて、あたかもそれがいっぱしのオピニオンであるような態度を取られるのはちょっと辛い。要するに感想を表明したあとには、時間をかけてそれについて調べ、揉みほぐしておくことが大切だと思う。しかし、そうやって寝かせた上での意見も「それってあなたの感想ですよね」で済ませてしまうこともできるので厄介ではある。ーーと、普通の感想をまずは記しておく。

 

年表:安倍晋三 1954〜2022

*1954年9月21日

毎日新聞の記者であった安倍晋太郎と妻洋子の次男として東京都に生まれる

 

*1957年4月20日

岸信介NHKラジオ「総理大臣岸さんの茶の間を訪ねて」に出演

孫の晋三も出演

 

*1960年6月頃

新安保条約反対のデモに囲まれる中、両親と南平台の岸邸を訪れ、祖父と遊ぶ

 

*1970年

高校時代、70年安保を破棄すべきと述べる教師に反論

「中身も吟味せずに、何かというと、革新とか反権力を叫ぶ人たちを、どこかうさんくさいなあ、と感じていたから、この先生のうろたえぶりは、わたしにとって決定的だった」

(『美しい国へ』P21)

 

*1977年

成蹊大学法学部政治学科を卒業

渡米し、1978年から南カリフォルニア大学に留学

 

*1979年

帰国し、神戸製鋼所に入社

 

*1982年11月27日

父の安倍晋太郎外務大臣に就任(第1次中曽根内閣)

→晋三が秘書官を務める

 

*1986年7月22日

第3次中曽根内閣が発足:安倍晋太郎、党総務会長に就任

 

*1987年6月9日

森永製菓・松崎社長の長女で電通社員の昭恵と結婚式

 

*1987年10月

父の安倍晋太郎自民党幹事長に就任 →晋三が幹事長秘書となる

 

*1990年1月

安倍晋太郎ゴルバチョフが会談:晋三も同席

 

*1991年5月15日

安倍晋太郎、入院先の病院で死去:享年67

 

*1993年7月18日

第40回衆議院議員総選挙安倍晋三、初当選

 

*1994年4月28日

羽田孜内閣発足

この頃開かれた自民・社会有志による勉強会「リベラル政権を創る会」に参加

次の首班指名選挙では村山富市に投票

 

*1995年9月

自民党総裁選、小泉純一郎の推薦人となる

 

*1999年

衆議院厚生委員会理事に就任

自由民主党社会部会長も務める

 

*2000年6月28日

山口県下関市の後援会事務所の窓ガラスが割られ、屋内外に火炎瓶2本が置かれる

 

*2000年7月

内閣官房副長官に就任(第2次森内閣

 

*2001年4月

内閣官房副長官に就任(第1次小泉内閣

 

*2002年9月17日

小泉首相北朝鮮訪問:金正日総書記と会談し平壌宣言に調印

安倍晋三も同行、経済制裁など、強硬姿勢を示す

 

*2002年

第31回ベストドレッサー賞受賞(政治・経済部門)

 

*2003年9月21日

第41代自由民主党幹事長に就任

 

*2004年1月

安倍晋三岡崎久彦 『この国を守る決意』(扶桑社)刊行

 

*2004年9月27日

自由民主党幹事長代理に就任

 

*2005年1月12日

朝日新聞NHK番組に安倍自民党幹事長代理,中川経産相が介入と報道

 

*2005年4月

自民党、「過激な性教育ジェンダーフリー教育実態調査PT」設置

座長=安倍晋三

 

*2005年10月31日

第72代内閣官房長官に就任(第3次小泉改造内閣

 

*2006年4月

安倍晋三対論集 日本を語る』(PHP研究所)刊行

 

*2006年7月

美しい国へ』文藝春秋(文春新書)刊行

 

*2006年9月20日

第21代自由民主党総裁に就任

 

*2006年9月26日

臨時国会開会:第1次安倍晋三内閣発足

 

*2006年9月29日

所信表明演説で、集団的自衛権の「研究」に言及

 

*2006年10月5日

安倍内閣メールマガジン」発行開始

政府インターネットテレビ首相官邸Webサイトもリニューアル

 

*2006年10月8日

訪中し、胡錦涛国家主席と会談 →9日には訪韓盧武鉉大統領と会談

 

*2006年10月10日

閣議教育再生会議設置を決定

 

*2006年11月13日

「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」設置

:日本版国家安全保障会議NSC)について検討

 

*2006年12月4日

郵政民営化法案反対組」の衆院議員11人、自民党に復党

 

*2006年12月15日

改正教育基本法成立

 

*2006年12月15日

防衛省昇格法成立

 

*2007年4月

首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」設置

 

*2007年5月14日

国民投票法成立

 

*2007年5月28日

政治献金問題で追及されていた松岡利勝農水相が自殺:現職閣僚の自殺は戦後初

 

*2007年6月30日

久間防衛相、原爆投下について「しょうがない」と発言

 

*2007年6月30日

社会保険庁改革関連法成立

 

*2007年7月29日

第21回参議院議員通常選挙

与野党逆転し、民主党が初めて第1党となる →安倍首相は続投を表明

 

*2007年8月27日

第1次安倍晋三改造内閣発足

 

*2007年9月10日

臨時国会召集:所信表明演説

 

*2007年9月12日

緊急記者会見で辞意表明、翌日、慶應義塾大学病院に入院

 

*2007年9月20日

安倍内閣メールマガジン、配信終了

 

*2012年1月

公式Twitterアカウントを開設

 

*2012年9月26日

第25代自由民主党総裁に就任

 

*2012年11月14日

野田首相党首討論:野田が解散を表明

 

*2012年12月16日

第46回衆議院議員総選挙自民党が大勝

 

*2012年12月26日

第96代内閣総理大臣に就任、第2次安倍晋三内閣成立

 

*2013年1月10日

首相官邸Facebookページを開設

 

*2013年1月15日

閣議教育再生実行会議の設置を決定

 

*2013年1月

『新しい国へ ー美しい国へ 完全版ー』(文春新書)刊行

 

*2013年2月22日

オバマ米大統領と初の首脳会談:TPP交渉への参加を表明

 

*2013年4月19日

安倍首相、日本記者クラブで「成長戦略スピーチ」:アベノミクス第一弾発表

 

*2013年4月19日

改正公職選挙法成立:インターネット上の選挙運動を解禁

 

*2013年6月13日

改正障害者雇用促進法成立

 

*2013年6月14日

閣議アベノミクスの成長戦略と「骨太の方針」「日本再興戦略」を決定

 

*2013年7月21日

第23回参議院議員通常選挙

→自民・公明が過半数を確保、衆参両院の「ねじれ」解消

 

*2013年9月7日

アルゼンチン・ブエノスアイレスでのIOC総会で演説

福島第1原発事故の放射性物質汚染水漏れについて、「状況はコントロールされている」と述べる

2020年オリンピックの東京招致が決定

 

*2013年9月25日

ニューヨーク証券取引所での講演で「Buy my Abenomics」と述べる

 

*2013年10月1日

記者会見で、2014年4月に消費税を8%に引き上げると表明

 

*2013年11月27日

国家安全保障会議(日本版NSC)設置法成立

 

*2013年12月6日

特定秘密保護法成立

 

*2013年12月26日

靖国神社を参拝 →米国が「失望」を表明

 

*2013年12月

安倍晋三百田尚樹 『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』(ワック)刊行

第42回ベストドレッサー賞(政治・経済部門)受賞

 

*2014年2月13日

自民党の総務会において「最高責任者は私です。」と発言

 

*2014年3月21日

フジテレビ系「笑っていいとも!」の「テレフォンショッキング」に現役総理大臣として初めて生出演

 

*2014年4月1日

消費税率の3%引き上げ(8%)を実施

 

*2014年4月

『日本の決意』(新潮社)刊行

 

*2014年5月30日

内閣人事局が発足:中央省庁の幹部人事を一元化

 

*2014年5月17日

東京・お台場の「マダム・タッソー東京」で、安倍首相の等身大ろう人形の展示が開始

 

*2014年6月30日

フィナンシャル・タイムズ紙に「私の『第3の矢』は日本経済の悪魔を倒す」と題した論文を寄稿

 

*2014年7月1日

政府、集団的自衛権の行使容認を閣議決定

 

*2014年11月18日

2015年10月に予定されていた消費税率再引き上げの1年半延期と衆院解散を表明

衆議院解散(アベノミクス解散)

 

*2014年12月14日

第47回衆議院議員総選挙

 

*2014年12月24日

第3次安倍内閣が発足

 

*2015年1月

中東を訪問 →イスラム国による日本人殺害予告を受け、前倒しで帰国

 

*2015年2月19日

衆議院予算委員会で「日教組はどうするんだよ」などとヤジ

 

*2015年3月20日

参議院予算委員会自衛隊について「わが軍」と発言

 

*2015年5月28日

衆議院平和安全法制特別委員会にて辻元清美の質疑中に「早く質問しろよ」「大げさなんだよ」とヤジ

 

*2015年6月10日

改正防衛省設置法成立

 

*2015年7月17日

新国立競技場建設計画を白紙撤回と表明

 

*2015年8月14日

戦後70年の「安倍談話」閣議決定

 

*2015年9月5日

安倍昭恵総理大臣夫人が森友学園の塚本幼稚園で講演

開校予定の「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就任

 

*2015年9月11日

改正労働者派遣法成立

 

*2015年9月19日

安全保障関連法成立

 

*2015年9月24日

記者会見で「アベノミクス第2ステージ」「新・3本の矢」を発表

 

*2015年10月7日

改造第3次安倍内閣発足:一億総活躍担当大臣を新設

 

*2015年11月2日

日韓首脳会談:朴槿恵大統領と、慰安婦問題の早期妥結で一致

 

*2016年1月29日

日本銀行の黒田総裁、マイナス金利導入を決定

 

*2016年3月22日

政府の「まち・ひと・しごと創生本部」、文化庁の京都移転を決定

 

*2016年5月16日

衆議院予算委員会で自身を指して「立法府の長」と発言

 

*2016年7月10日

第24回参議院議員通常選挙

 

*2016年8月3日

第3次安倍再改造内閣発足:働き方改革担当大臣を新設

 

*2016年9月1日

ロシア経済協力相を新設:世耕弘成経産相を任命

 

*2016年11月15日

政府、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)で、安全保障関連法に基づく「駆けつけ警護」を閣議決定

 

*2016年11月17日

米ニューヨークで安倍首相とトランプ次期米大統領が会談

 

*2016年12月27日

オバマ米大統領と、ハワイ・オアフ島真珠湾で慰霊演説

 

*2017年2月9日

朝日新聞(大阪本社最終版)、森友学園問題に関する報道開始

 

*2017年2月17日

森友学園問題について「自身や妻昭恵氏が国有地売却に関与していれば議員辞職する」と答弁

 

*2017年3月13日

参議院予算委員会社民党福島瑞穂加計学園疑惑に関し質疑

 

*2017年5月17日

朝日新聞加計学園獣医学部新設をめぐり、「総理の意向」文書が文科省から判明と報道

 

*2017年6月15日

共謀罪」を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が成立

 

*2017年7月1日

東京都議会議員選挙の応援演説で、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言

 

*2017年8月3日

第3次安倍改造内閣発足

 

*2017年9月28日

第194臨時国会の冒頭で衆議院解散:「国難突破解散」と命名

 

*2017年10月22日

第48回衆議院議員総選挙:自民が圧勝、立憲民主も野党第一党に躍進

 

*2017年11月1日

第195特別国会召集:安倍首相が再選され、第4次安倍内閣発足

 

*2017年11月6日

トランプ米大統領が初来日:安倍首相と会談後、北朝鮮による拉致被害者の家族と面会

 

*2017年12月15日

Instagramアカウントを開設

初投稿は「笑っていいとも」出演時のネームプレートの写真

 

*2018年2月9日

韓国・平昌で日韓首脳会談

 

*2018年4月9日

政府、黒田東彦日銀総裁を再任

 

*2018年5月23日

財務省、佐川氏が「廃棄した」と国会答弁していた森友学園との交渉記録を公表

 

*2018年6月13日

改正民法が成立:成人年齢を18歳に引き下げ

 

*2018年6月29日

働き方改革関連法案が成立

 

*2018年11月14日

安倍首相、シンガポールプーチン大統領と会談

→1956年の「日ソ共同宣言」を基礎に平和条約交渉を加速化させることで合意

 

*2019年2月6日

参議院予算委員会にて「総理大臣でございますので、森羅万象すべて担当している」と発言し話題に

 

*2019年6月28日

G20大阪サミットにて「唯一のミスは大阪城にエレベーターをつけたこと」と発言

 

*2019年7月4日

政府、韓国に対し半導体製造に必要な3品目の輸出規制強化を発動

 

*2019年7月21日

第25回参議院議員通常選挙

 

*2019年8月2日

政府、韓国を輸出手続き簡略化の優遇措置を受ける「ホワイト国」から除外

 

*2019年9月5日

ウラジオストクで日露首脳会談

会談後、東方経済フォーラムに出席し、プーチン大統領を前に

「ウラジーミル。君と僕は、同じ未来を見ている」

「ゴールまで、ウラジーミル、二人の力で、駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか」と訴え

 

*2019年10月4日

臨時国会召集:安倍首相、所信表明演説改憲論議は「国民への責任」と表明

 

*2019年11月20日

首相の通算在職が2,887日となり、桂太郎を抜いて憲政史上最長を記録

 

*2020年1月10日

官房長官、「桜を見る会」招待者名簿の廃棄をめぐり、公文書管理法違反を認める

 

*2020年1月28日

桜を見る会問題に関する質問に対し「幅広く募っているという認識だった。募集しているという認識ではなかった」と発言

 

*2020年2月12日

衆議院予算委員会辻元清美に「意味のない質問だよ」とヤジ

 

*2020年2月27日

新型コロナウイルスを受け、全小中高校の休校を要請

 

*2020年3月13日

改正新型インフルエンザ対策特別措置法成立

 

*2020年3月24日

国際オリンピック委員会IOC)のバッハ会長と東京五輪の1年延期で合意

 

*2020年4月1日

マスク2枚の全世帯への配布を表明:「アベノマスク」

 

*2020年4月7日

新型コロナ感染者急増のため、7都府県に5月6日まで1ヵ月間の緊急事態宣言を発令

 

*2020年5月6日

ニコニコ生放送「安倍首相に質問!みんなが聞きたい新型コロナ対応に応える生放送」に出演

 

*2020年5月18日

政府・与党、一部の検察官の定年延長を特例的に可能とする検察庁法改正案の通常国会での成立を断念

 

*2020年8月24日

安倍首相の連続在職日数が第2次政権発足以来2,799日となり、歴代最長記録を更新

 

*2020年8月28日

潰瘍性大腸炎再発のため辞任表明

 

*2020年9月16日

安倍晋三内閣総辞職菅義偉内閣発足

 

*2020年12月21日

東京地検特捜部、「桜を見る会」の前夜祭をめぐり、安倍前首相に任意で事情聴取

 

*2021年6月

『月刊Hanada』8月号において桜井よしこと対談

反日的ではないかと批判されている人が五輪に反対」と発言

 

*2021年9月12日

世界平和統一家庭連合(旧統一協会)と天宙平和連合(UPF)が共同開催した「THINK TANK 2022希望の前進大会」に、ビデオメッセージを送る

 

*2021年10月19日

公式YouTubeチャンネル「あべ晋三チャンネル」を開設

 

*2021年11月11日

所属する細田派会長の細田博之衆議院議長に就任したため派閥に復帰、後任会長に就任

 

*2022年2月27日

フジテレビの番組『日曜報道 THE PRIME』に出演し、「核共有(核シェアリング)について議論していくことをタブー視してはならない」と発言

 

*2022年7月8日

11時30分頃、奈良県奈良市近畿日本鉄道大和西大寺駅付近で選挙演説を行っていた際に銃撃され、同日17時3分に死亡が確認される

 

*2022年7月11日

従一位に叙するとともに、大勲位菊花章頸飾を贈ることを決定

関係者による通夜が行われる

 

*2022年7月12日

告別式が東京都港区の増上寺で執り行われる

 

*2022年7月14日

岸田文雄首相、記者会見で、同年の秋に国葬を行う考えを明らかに

 

*2022年7月22日

政府、日本武道館で9月27日に国葬を行うことを閣議決定

 

*2022年9月27日

国葬日本武道館で行われる






 

 

 

 

 

 

 

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安倍晋三元首相の軌跡を振り返る年表を作成しました。

 

制作者:パンス

さまざまなテーマでの年表作成、近現代の文化/社会の研究を行っています。

政治家失言クロニクル(テキストユニットTVODによる共著)

年表・サブカルチャーと社会の50年(ポスター4枚組)

今日も相変わらず歴史の中に潜りたい

暗殺からの統一教会の件で、にわかに冷戦期日本の反共組織などに注目が集まっている昨今。国際勝共連合の結成は1968年。そこで想定されていた仮想敵は全共闘的なるものだった。現在、日本会議の事務総長を務める椛島有三長崎大学新左翼の学生たちとバトって1969年にに民族派の学生組織を作っている。『年表・サブカルチャーと社会の50年』を1968年から始めてるのはこの辺の裏テーマも込めてます。
さて、1973年、参議院議員自民党迫水久常の秘書を務めていた渡邉正次郎なる人物が、関東の暴走族を糾合して反共集団を作ろうと目論んでいたそうだ。当時都内で幅を利かせていた「極悪」というグループが声をかけられ、新宿の風林会館で会合を持ったそうだが、結局「極悪」は離脱。しかし「関東連合」なるワードはこの時期に発生していると考えられる。のちの暴走族が右翼的なアイコンをファッションに取り入れるようになったことにも影響関係があるのだろうか。
※さっき久田将義関東連合』(ちくま新書)を読み返してての発見であった。この辺りの系譜を詳しく追った本があったら読みたい! 教えてください。
 
歴史を知る醍醐味は、同時期に複数の全然違う出来事が後につながったり、もともと一体だったものが離れて今では全然別のものとして認知されていたりなどといった、無数の流れを知ること。その楽しさにハマると、「世界(もしくは日本)はひとつの悪の組織に支配されている」的な観念は正確でないことが分かるし、そもそもそのような観念に依拠すること自体がひどく退屈だと思えるようになる。
むしろさまざまな流れや偶然性によって左右されてしまうからこそ、世界というものはタチが悪い。そのタチの悪さに斬り込むために歴史に潜り込むのだが、パッと見あまり有効ではなさそうに見えるし、人目につかないので、注目されない。それでも構わないというところから始めたい。
今回の件で言えば、やはりずっと問題を追っかけてるジャーナリストの人たちはすごい。現場で発揮する力はもちろん、当然歴史にも精通している。改めて、尊敬してしまう。隠され、無視され、ごまかされていることを、ネットの波に流されずに正確に暴く、ジャーナリズムの力が試される時代に突入したと思う。
 
 
 
 

ずっと続くいやな予感(の中で何を書けばよいのか)

高橋和巳のエッセイに「暗殺の哲学」というタイトルのものがあったと思い出し、早朝から本棚を漁って読み返していた。司馬遷カミュドストエフスキーなどを引きながら暗殺とは何かを問うが、最後に一行「この稿には何らの結論もない。」と記して締められているのでわりと驚いてしまう。しかし学園紛争の高揚するまさにその時(『文藝』1967年6月号所収)に書かれたものであると確認し、「そうだよな」と納得してしまうのだった。アクチュアルな状況に遠くから切り込むとしたら、まず結論など出ない。

 

昨日の時点でTwitterのタイムラインから雲散霧消してしまったサイゼリヤの件などを思い出しながら、改めて自分が気になる点は2つの流れに大別されるだろうと頭の中で整理していた。まずは、とにかく結論を急ぐ傾向。そして、生起した問題に対して議論めいたものがあった後に、何か一様に同じような思考のフレームがTwitter内で共有される傾向。しかも最近はこの流れが凄まじく早くなっており、だいたい2時間くらいで形成されている気がする(個人的な体感)。

 

破局的な出来事があったときに即時的に何かを言いたくなってしまうのは僕もそうで、以前はエイヤっとばかりに書いてしまうこともあったのだが、ここ1年ほどは上記のような流れに閉口しているのもあり、あまり書けなくなってしまった。それぞれがポジションを取ることで空気ができて何となく構図が浮かび上がりそれが「世論」であるといわんばかりの状況になる。これは日本特有かどうかは分からないけれども、少なくとも日本の学校の教室みたいなものだと思えてならず、教室の外だけど教室から見える廊下みたいな場所でせめて何か残しておこうと判断したときにブログを書くのだった。

 

何について書きたいかというと無論、昨日の元首相殺害事件であって、まだ情報が少ないので書けることも限られるのだが、個人的なテロである可能性は高いだろう。そして政治犯ではない、という線になっている。元首相は2010年代の長い間一国の長を務めており、それによる日本社会の変化はさまざまな人々がネットなどで大いに語ったし、今でも語られるわけだが、そのような議論からは遠く離れた場所、もしくは底流と呼べるようなところで、全くもってイデオロギーとも縁がない、敵も同志も何もない、孤独なテロが頻発しているのがここ数年である。

実のところ私たちはその事実にすでに気付いており、電車に乗るときとかにうっすらと意識することもありつつ、何となくやり過ごしながら日々を暮らしている。アメリカの銃社会を嘆きつつ、日本社会も銃が普及していないだけで水位は同じようなものかもしれない。そして今回は手製の不格好な銃が使われた。そのような現実について考えることが、現代の社会を捉えることだと思うのだけど、「犯人は自分達とは関係ない」とばかりに切断し、結論を急ぐような仕草が氾濫しているようにも見受けられ、やはりそれが引っかかる。

 

※まだ動機の全容は分からないものの「特定の宗教団体」というワードが登場している。「特定の団体」と表記している記事もあり。この点に関しても現時点で明記しておく。

2022.3.23 ゼレンスキー演説

ゼレンスキー大統領の国会演説を観る。ネットなどで懸念されていた諸々の外交問題や歴史には触れない、穏当な内容だったと言ってよいだろう。

 

日頃カルチャー批評のようなことをやっていると陥りがちなのが、「日本人の特性は●●で〜」と断定的な日本人論をやってしまうことで、あまりそうならないように気をつけているつもりなのだが、ある一国の長が他国の国民に向けて何かメッセージを投げかけるならば、当然その国の特性のようなものをある程度分析、配慮していると考えるのは妥当だろう。というわけで外国からの目線で「日本人はこのように捉えられているんだな」と納得させられるようなところはあった。

 

それはどういうものかというと、先日のドイツと比べてみれば分かりやすいのだが、日本人に向けては「全然煽ってこない」という点で、少し前の「真珠湾攻撃」の時に顕著に現れていたように、はっきりした歴史的な出来事を出すと妙にセンシティブな反応が返ってきてしまうのをよく理解した上で練られていた。そんなわけで、出来事の名称を出さず、かつ現代の日本人が共有しているである記憶をキーワード単位でちりばめているところが、サンプリングっぽい方法論だな、、と思った。

 

自分などはついつい日本インターネットの世界観で物事を捉えてしまいがちで、ネットだけ見ていると左右問わず急進的な意見ばかりが目立ってしまうのだが、その外には広大な人々の世界が広がっているわけで、ゼレンスキー的には当然、それら全体にまで届ける必要がある。そこで導入されたのが、具体的(つまり、政治的)なアプローチを避ける、共感ベースの言葉であったことをどう考えればいいのだろうか。そして、現存しているこの感情や共感でできた共同体があるとすれば、これからどこに向かっていくのだろうか。

 

2022.3.19

日本共産党の議員の人がTwitterにて、ロシアで反戦を唱えたアナウンサーを讃えて「真の愛国者」だ、と書いていて、一瞬「うわっ」となってしまったのだが、よくよく考えれば、戦後(1960年代以降)の日共は民族自決、自主独立路線だった(わざわざ共産党オフィシャル・サイトまで行って綱領も確認してしまった)。現行インターネットリベラルにとっては人民戦線のようなインターナショナル路線を想起させられるのかもしれないが、それは戦前の話であって……、

 

とか、そんなマニアックな話をするのに何の意味があるのか、今は非常時であるのに、などといった言葉こそにノーを突きつけたい。それが自分にとっての「反戦」だ。毎日毎日一応インターネットからテレビまでチェックしているのだが、「反戦」を抑圧する言葉の気配は今や各メディアはもとより市井のインターネットリベラル、各種Twitter政治学者にも感じる。「平和の論理と戦争の論理」(久野収、1972年)からやり直さなければならないのだろうか? 

 

事態はかなり際どいところに来ていると思う。その「際どさ」は世界中で展開しており、ロジックやイメージによって促されるようなものでもなく、もっと身体的だ。要するに、指先でクリックした先にある。例を挙げるならば、いま『ウクライナ・オン・ファイヤー』とGoogleの検索窓に入力したら『ウィンター・オン・ファイヤー』の情報ばかり出てきた。えーと、紛らわしいのだが、前者はオリバー・ストーンが監督で、ロシアのプロパガンダなんじゃないかとも言われており、後者はNetflixでいま見ることができる、ウクライナの2014年マイダン革命のドキュメンタリーだ。前者の日本語字幕付きは現状ニコニコ動画でしか見ることができず、昨日は駐日ロシア大使館Twitterアカウントがニコニコのリンクを付けて宣伝するという珍現象まであった。

 

今日僕は部屋のレコードを片付けて、断捨離期間中ということで昔買ったミニマルハウスのレコードを40枚ほど下北沢で売却し、帰宅して要らない書類などを処分して、ヘトヘトになったので整理していたら出てきたマリン・ガールズのLPをかけながらグッタリと横になっていたけど起きて、Netflixの『ウィンター・オン・ファイヤー』を観た。そこで映し出されていたのはまさに「革命」以外の何ものでもなく、パリ・コミューンが存在した時代にビデオカメラがあったら記録されていたような映像がひたすら時系列で流れているのだった。機動隊による猛烈な弾圧に対抗し、バリケードを作り、タイヤを燃やして煙幕をはり、火炎瓶を投げる。実弾まで投入されるなか木製の板まで導入して盾にしながら広場から撤退しない市民。ドキュメンタリーはヤヌコーヴィッチ大統領が亡命し失脚するところで終わっているが、この後にロシアはクリミア半島に侵攻し、東部ウクライナでは内戦が起こる。日本からの風景としてはソチ・オリンピックで盛り上がったりしていた、その頃ソチからほど近い場所で起きていた話だ。

 

ひとりの女性が、バリケードの中に置かれたピアノでショパン「革命のエチュード」を弾いていた。かつて国土を蹂躙されたポーランドの作家の楽曲は、その後19〜20世紀を通して大国に翻弄され続けた東欧で、21世紀においても象徴的に鳴り響くのかと胸を突かれた。

 

そんな思いで観ていたのだが、僕にとっていちばん大きな感想は、自分にはこんな英雄的なことはできない、平和を希求することしかできない、という、極めて皮相でちっぽけなものだった。それが正直なところだし、限界だと思う。じゃあどうすればいいのか、いざというときはどうするのか、と問われれば、答えることができない。むしろこのあいまいで皮相な感情を、どのように理性的に、行動的に落とし込んでいくか、それだけが問われているのだと考えている。自分の思考を仕切り直さなければいけない。そのために書き続ける。まだ書くことはたくさんある。