年表で見る!『花束みたいな恋をした』

すでに各所で話題を呼んでいる映画『花束みたいな恋をした』。とりあえず友人たちにはもう語り尽くしてしまったし、感想を発表するかどうか迷っていたけど、ほぼ時系列で、舞台となる年がきっちりテロップで出るという、年表好きとしてはバッチリな内容ということもあり、僕も書いてみることにしました。自分で作った年表を眺めつつ、自分語りと物語を重ね合わせてみます。すでに観た人向けです!

 

2015年

正直この年はISによるテロ安保法制の件でもちきりで、僕(パンス)はほとんど文化的なものに触れておりませんでした。明大前駅で絹(有村架純)と麦(菅田将暉)が出会いリアル押井守を発見していたころ、そのほど近くに住んでいた僕は、ジュンク堂書店さんのフェアの影響などがあり丸山眞男などを読んでいたので、だいぶサブカルじゃなくなっていた時期である。絹と麦はTwitterをやっている様子が一切出てこないのですが、一応アカウントは持っているはず。誰かのリツイートで政治のニュースなども流れてきていたでしょう。サブカル方面の固有名詞はあまり分からなかったけど、ロケ地を知り過ぎていたのでそこで刺さるという得難い体験ができました。二人が歩く甲州街道沿いもよく通ってたところだったし。

 

2016年

麦はイラストを描く仕事を始めましたが、芽が出ず、単価を下げられていきます。しかしこのイラストがとても良いのでいちいち気になってしまいました。このクオリティなら、もっと良さげなところに売り込めば人気者になれたはずなのに……。麦のイラストの代わりに使われてしまう「いらすとや」がスタートしたのは2012年。絹は就職活動を始めるものの、圧迫面接に苦しみます。そんな企業に対して怒りを露わにする麦。就活を描いた朝井リョウ原作、三浦大輔監督の映画『何者』公開が10月15日。

 

2017年~

麦が物流会社に就職。そこでの労働に追われ、かつて好きだったカルチャーからはどんどん離れ、とうとうパズドラをやるように。2012年にリリースされた「パズル&ドラゴンズ」は、いわばテン年代における「娯楽の表街道」を走り抜けていたといえるでしょう。二人の関係もぎくしゃくしてきます。かつて圧迫面接に怒った麦も、「仕事」という概念を内面化し、結婚や家庭を絹に求めることで状況を打開しようともがくようになりました。すでにある制度を受け入れることが成長することなんだという確信に対し、いっぽうで絹はそういった構造に違和感を覚えているように見えます。『82年生まれ、キム・ジヨン筑摩書房、2018年12月刊行)は出てきませんが、それまでの趣味を思うと手に取っていたかもしれません。

 

まとめ

「王様のブランチ」の映画紹介ばりにあらすじを追ってしまいましたがこのへんで止めます。自分としてはごくごく単純に、労働の大変さと社会の構造自体が問題なんだ〜、企業が余裕のある労働条件さえ整えればカルチャーから離れなくても済む!という結論に。しかし、それ自体が問われることは(少なくとも物語上は)ありません。ここでポイントなのは二人ともとても「いい人」で、つねにお互いを気遣っています。残業している麦の同僚がどちらかというとチャランポランな男で、そのふるまいに苛立ってしまうというシーンがあるくらいにはマジメです。

 

「いい人」による安定した空間が外的な要因で壊されるのなら、やっぱその「外側」が問題じゃんと僕は考えます。しかし、さほどそういう受け取られ方がされているようには見えません。二人が社会にもまれて成長し、それぞれの人生を歩み始めるという流れは現在の社会ではスタンダードであるゆえに、共感を呼んでいるようです。あれ?  これは僕の読みがおかしいのか……? と思わず友人たちに相談してしまうほどでした。

 

そして気になるのは、この映画のなかで出てきたカルチャー群そのものが、物語のなかで描かれる構造には影響を与えていないという点です。あくまでも会話のなか、風景のなかのアイテムとして出てくるのみ(絹が読んでいる架空のブログは影響してるか。あと、偶然接触したAwesome City Clubのメンバーが、カルチャーの世界で活躍する人物として二人の対になる役割をはたしていますが)。社会構造の問題やそもそもの主題である恋愛と、カルチャー群は切り離され、「上モノ」としての機能となっています。「二人はカルチャーにあまり貪欲ではない」という評も多く見受けられますが、それは「そういうキャラクター」であるというより、その切り離しから生じていると見ることもできるでしょう。

 

といった映画であることを前提としたうえで、やはり僕は「カルチャーがもっと二人に影響を与えてよ~~」と考えてしまいます。なぜなら、自分自身がこの歳になっても「そういうこと」に夢中で、いまもそんなブログを書いているからにほかなりません。さらに言うと、カルチャーが、個人の成長のなかである種「乗り越えられるべきモノ」として存在しているという構造や、それが世間の常識であるという風潮に対しては疑義を呈したいです。人々による表現は、いま生きている社会に対して仕掛けられた爆弾のように存在しているほうがいいと思います。といった意見がナイーブすぎると言われてしまうであろうことは承知のうえで。

 

そして人生は長い。これから二人が、カルチャーがどうなるかは分からない。

 

というわけで、30代編も楽しみにしています。

 

eiga.com

パンス年表が1968年から始まっている件

なぜ「我々はあしたのジョー」だったのか

以前、日本の歴史や文化にとても詳しい韓国の友達とお酒を飲んでいるときに、こう問われたことがあります。1970年、赤軍派メンバーがよど号をハイジャックした際、「我々は『明日のジョー』である」という声明を残しているが、「あしたのジョー」自体にはとくにポリティカルなメッセージもなく、矢吹丈は極めて個人的な心情から闘うキャラクターだ。これはとても奇妙で、なぜ成り立つのかと。すごく本質的な質問だ! と感激し、いろいろと答えたりして盛り上がりました。

 

「60年代末に盛り上がった学生運動はその後敗北し、その後は経済一辺倒のカルチャーが日本国内を覆い、政治的な関心も後退していく」というのはこの時代から現在にかけて語る際の一般的な見方で、大まかに捉えればそれで正解なんですが、より精緻に見ていけば明確な転換点があるわけではなく、数十年かけたグラデーションになっているといえます。「パンス年表(通称)」ではその流れが「擬似的に体感できる」ような内容にしたいと思って項目を入れていきました。そんなわけで、政治的行動のレベルでは極点に達したと考えられる1968年から開始しています。

 

パンス年表について「なぜスタートが1968年なのか?」と聞かれることも多いので、本稿ではその説明を行います。まず端的に書いてしまうと、「現在に直接つながっている過去」の始まりが、この頃にあると思っているからです。例えば、2021年のいま日本や世界で起こっている「問題」ってどんなものだろう?  との問いに対して、政治や社会に多少関心がある人なら、環境問題、マイノリティの問題、女性の権利、住民の権利、消費者運動など……を挙げるかと思います。それらの問題が本格的に問われるようになったのが(おおよそ)この頃です。例えば60年代中頃までは、工場用水もガンガン垂れ流しで、空気も悪い、高度経済成長期でもありとにかく経済優先。昨今では「三丁目の夕日」的に理想の時代として回顧されがちですが、実際のところ多くの庶民にとってはハードな時代でした。そして、野党勢力労働組合もさほどそういった問題には関心がないという状況でした(もちろん、皆無だったわけではありません! 念のため)。しかし、68年頃からは徐々に法整備されていきます。

 

社会への問いが、それまでは強大な権力への抗議や経済格差の打開、すなわち階級闘争だったのが、より個人の生きやすさ、豊かさ、価値を求める方向に変わったのがこの時代です。そして、それは主に西側先進国を中心とした全世界的な動きでした。歴史学者ウォーラーステインはそれを「世界革命」であり、決定的な歴史の転換点であったと評しています。革命といっても政治体制が変わるタイプの転換ではなかったというのもポイントです。日本でも、学生運動は盛り上がりまくっていましたが、結局自民党政権自体はびくともしませんでした。では、何を変えた(変えようとしていた)のか。システム自体です。そのシステムとは何か。第二次世界大戦後に西側世界で形成された、リベラル・イデオロギー、そして見かけのリベラルさに隠された保守性や企業社会であるといえます。

 

システムへの反抗 、個人と価値の拡大

ここでちょっと回り道をして、1969年に第1作が公開された「男はつらいよ」について書きます。下町の団子屋で育てられたさくらは東京の企業で働いており、その会社内でのお見合いをしたりします。そこに寅さんがなかば「乱入」し、空気が読めない発言を繰り返して顰蹙を買うというシーンがあります。本作が公開された時代において、「東京の企業」は戦後〜高度経済成長期に形成されたシステムであり、下町の団子屋的な存在はその後徐々に後退していきます。さくらのお見合いシーンではその二者が「階級」の差として描かれますが、その階級構造が当時の日本の社会そのものでした。しかしここで登場し、構造のなかで浮いてしまう寅さんは第3項的。社会の外で漂泊する「フーテン」です。

 

ちょっとややこしいのですが、1968年当時に社会変革を目指した若者の間では寅さんは別に支持されていません。むしろ寅さんはシステムから弾き出された過去の象徴として、ノスタルジーを求める大人に受け止められました。しかし、当時のユース・カルチャーのなかにも「フーテン」という層は存在しました。「人呼んでフーテン」といった具合に自己規定するさまには共通する部分があります。また、似たような志向として、学生運動の担い手のなかでは、やくざ映画を観るのが流行っていました。そこには、社会の外部にいるアウトローに、自由を求める自分を重ね合わせる心情があったといえます。このように考えると、ひたすら「個人的に戦い続ける」「あしたのジョー」における矢吹丈も、心情のレベルで移入できる存在だったと分かってきます。

 

ここで一旦まとめると、1968年前後というのは、個人がより自由になろうとする、個人的な価値を求める生き方や運動が提起された時代だったということになります。そしてそれは当初政治運動という形で発生しましたが、日本においては徐々に政治方面へのアプローチが後退し、「価値」や「自由」の部分が拡大するようになります。これが「パンス年表(通称)」で示したかった「サブカルチャーの歴史」そのものです。

 

はっぴいえんどの政治性

さて、先日「美学校」で開催されていた講座「ゼロから聴きたいシティポップ」はとても面白い内容でした。「シティポップ」の系譜を、その時代の社会の変遷から再解釈していくスタンスはとても有意義で、自分にとっても刺激になりました。とくに、その始祖といえるバンド、はっぴいえんどを「風景論」の観点から再度考えてみるという試みは新鮮で、見終えてから僕もいろいろと思考をめぐらせました。「風景論」はそのなかでもいろいろと議論があって一口に定義するのは難しくもあるのですが、当初提起した松田政男の論に従うならば、権力というものが「風景」のなかに偏在し、それを撃つ、という思考と実践は、具体的な権力を名指し闘うのではなく、その背景にあるシステムを露出させるという試みであり、これもまた1968年前後における闘争の一形態です。そこにはっぴいえんどが共振していたという仮定にはとても興味を惹かれます。

 

また、本講座を受けて『風街ろまん』のジャケ/内ジャケが、漫画家の宮谷一彦が描く「風景」だったという指摘もあり、膝を打ちました。宮谷自身が極めて観念的な政治志向をマンガに落とし込む作家でもありましたが、その観念はどのようにできているのかというと、じつは本人が1969年には昭和維新連盟という右翼の大物・西山幸輝の娘と結婚しており、以降は右翼思想もなだれこみつつ、大江健三郎大藪春彦、ジャズやロックの要素も入っていてアマルガム的です。このゴチャゴチャ感というのは、はっぴいえんどメンバーの嗜好性のようでもあり(1st『ゆでめん』のブックレット)、一見作風は正反対のようでじつは近いかも、と気付かされました。

 

最後に、年表のおすすめに戻りますと……、記事のはじめに「明確な転換点があるわけでもなく」と書いたのは、上記したはっぴいえんどの件など、細部から重要な要素を掘り起こせる可能性はまだまだ残っており、特定の転換点に依拠するような「史観」にまとめてしまうとそれらが見落とされてしまうおそれがあるからです。パンス年表(通称)はやたらとさまざまなジャンルの細かいデータがひたすら載っていますが、それは細かいデータが単に好きというのもありつつ、マクロに考えるにあたっても、関係なさそうなデータの連なりが新たな可能性の発見につながるのでは、というねらいがあるからです。そんなわけでパンス年表(通称)をぜひよろしくお願いいたします。

 

 

革命について

NHK「100分de名著」が、マルクス資本論』などをテーマにしていて、僕の観測範囲だとわりと評判になっている。実際見てみたら面白かった。なんというか、自分たちが生きている世界を根底から問うような内容なのが良いと思う。根底から問い、ひっくり返す可能性も示唆する。この「ひっくり返す」というのが重要で、いまは多くの人が「ひっくり返らない」と思っている時代だから、やる意味がある。

 

「革命」という言葉があるけれども、基本的にそれを夢想的なもの、子どもっぽいものとして捉えるような意見を目にすると、いやいや……そういうことでもないでしょ、となる。夢みたいなことを言ってないで、大人になろう、現実を見よう、というのは簡単だし、それなりに説得力がある。とくにここ日本だと、歴史上「革命」とよばれる出来事を経験していない、と思われがちので、妥当だという感覚があるかもしれない。しかし、日本の近現代史をひもとけば、革命への条件がわりと揃って「ととのいました」寸前になったことなら何度かある。取り急ぎ、二・一ゼネストを挙げておくけれども、それも汲んだうえで不可能だと言うならまあ仕方ない。でも僕はそう思ってはいない。

 

人が生きづらいと感じるときに、それは自分が悪いから、周りに合わせられないからだと結論づけるのは、この現代において当たり前になっているけれど、周り、ひいてはこの世界を構成しているシステム自体の方が問題なんだよと考えてみることは何も悪いことではなく、むしろそう判断したほうが世界の仕組みが見えやすくなると思う。しかし、そのときに何を選択するかというのはわりと難しくて、うっかり奇妙な思想にハマってしまう落とし穴も多い。しかしそういう穴というのは簡単な仕掛けになっていて、誰かが悪いとか悪の組織がいるとかそういった、特定の誰かや人々に悪を押し付けるようなものだったりするので、そこを避ければよい。そんなわけでマルクスを読んだりするのはよい。結局資本主義とは何なのかと考えるのがベスト、というか、それが最もスリリングで楽しいことが、NHKの番組とかで分かったらそれはよいことだと思っている。

 

さて、「革命」については、パンス年表(という通称で呼ばせて下さい)がなぜ1968年から始まっているのかという話をしたい。これはまた次の機会とします。

『年表・サブカルチャーと社会の50年 1968-2020〈完全版〉』発売しました。

『年表・サブカルチャーと社会の50年 1968-2020〈完全版〉』発売しました。

 

去年刊行したTVOD『ポスト・サブカル焼け跡派』。その巻末につけた年表を大幅に増補した内容です。1968年1月から2020年12月の間に、おもに日本で起こった出来事をひたすら記載しています。政治、経済、事件、流行、風俗、犯罪、思想、社会運動、雑誌、文学、音楽、漫画、アニメ、美術、映画、テレビ、インターネットなどなど。それらに対する自分の意見などは一切入れていません。とにかくデータのみです。B1サイズのポスターが4枚です。先日実物が届きましたが、予想以上にデカいです。普段B1の紙を見る機会というのはなかなかありません。よく大きめのポスターとしてイメージされるのがB2だと思われますが、その2倍。4枚広げて合わせるとちょっとした看板くらいになります。発色がきれいなので、壁に貼ると部屋がよりオシャレになるアイテムでもあります。

 

年表が好きになったきっかけ

こんなブツを作ろうと思ったのは、ひとえに作っている自分自身が年表好きだからです。そのルーツを辿ると『こち亀』にたどり着きます。何が言いたいかというと……、『こち亀』というのは秋本治のマンガですが、そこでよくフィーチャーされるのが東京の「下町」です。小学校の頃、なんとなく僕はそんな古き東京の街並に憧れがあったので、両親に「江戸東京博物館」に連れて行ってもらいました。そこのミュージアムショップで購入したのが『江戸東京年表』(小学館)で、いまも手元にあります。これを僕は読み込みすぎて、カバーも取れてどっかに行ってしまいました。

ちなみに去年『散歩の達人』で取材頂いた際にも、この本を紹介しています。

『江戸東京年表』のなにがよいかというと、いわゆる日本史に残るような有名な出来事のみならず、当時の人々が何をしていたか、じつに細かい話題が、日単位で載っているところです。カッコよく言うならば、江戸のストリートが浮かび上がってくるような年表なのです。例えば、文化14年5月10日(旧暦。1817年頃)の両国では「大食い大会」が行われていて、蕎麦を63杯食べた人の記録などが残っています。また、朝顔が展示されてみんなで見に行くのが流行ったりしてます。いまで例えるならプロジェクション・マッピングを見るような感覚でしょうか。こんな内容が、刊行された1993年までズラッと並んでいます。

この本をきっかけに、年表を見るのが好きになりました。ほかにもさまざまな年表を買っては眺めるのはもちろん、自分でも、印象に残った出来事などをポツポツとメモるのが趣味のひとつに。今回発売された年表は、その集大成でもあります。

 

歴史のなかに遊ぶ

『年表・サブカルチャーと社会の50年』は、日本で起こったさまざまな出来事と一緒に、その頃リリースされた音盤や本などの情報も入っています。そこで意識していたのが『江戸東京年表』です。「大食い大会」が江戸の庶民たちに与えたインパクトと同じように、現代を生きる私たちのなかにも、それぞれ心に残っている本やCDなどがあるはずで、それらと当時の事件などを重ね合わせると、単に頭のなかに入っていた出来事が、より立体的に感じられるのではないか、というねらいがあります。まずは自分の生きていた時代を思い出して「なつかしい〜」という気分になれる。それに加えて、発見もあるはずです。日頃世の中に関して考えていたことのルーツを思わぬ年代に見出すことができたり、現代が「こうなっている」のは過去のこんな出来事の影響があるのか、と腑に落ちたりするかもしれません。

 

現代は、SNSに象徴されているように、膨大な情報が眼前に流れてきては消費され、ほぼ忘れ去られてしまうことの繰り返しです。そんな「タイムライン」を全部覚えて言及できる人なんていないので、忘れてしまうのも仕方ないです。しかし浴びまくっているうちに疲れが蓄積されて、気づけば毎日モヤモヤしているというパターンにも陥りがちです。かくいう自分もそういうところがあるので、それらへの打開策として年表を作っているようなフシもあります。一見、全く現在と関係なさそうな過去の「タイムライン」を見ることで、現在の出来事と比較したり、現在へのヒントを見出すことができます。この「おうち生活」で移動もままならないなか、生活をより有効活用するために、過去に「移動してみる」というのもよいと思います。

 

さて、いろいろと書きましたが、じつは『江戸東京年表』の前書きに、自分が言いたいことが的確に集約されてもいるので、そちらを引用したいと思います。

 

「年表を読む楽しさを身につけることは、時代の闇に閉ざされた世界に気づかせ、歴史に遊ぶ心を豊かにし、鋭い時代感覚を研ぎ澄ませてくれます。こうした感覚こそは、時代に流されがちな日々をして、歴史を場とした自己のあり方を検証するうえで欠かせません。読者は、遊び心をもって年表を見るとき、歴史の小径を逍遥することが可能となり、一歴史家として、ひとつの時代像をつかむことができます。」

 

この「歴史に遊ぶ」というのが重要だと考えています。まずは年表によって気軽なテンションで入り、より奥へ分け入りながら(深く調べながら)シリアスに分析していく。今後の自分の課題でもあります。

緊急事態宣言の前に

首相が会見をして、緊急事態宣言の発出を検討すると言っていたが、それにしてもグダグダが度を越している。この身動きのとれなさ、新陳代謝の悪さこそが日本の悪癖であって、そこを総合的に分析した現代日本論が必要ではなかろうか。根拠なく希望に満ち溢れていたり、逆に「このままでは危ないぞ」といった具合に悲観的なだけの主張は多いけど……。つまり、『失敗の本質ーー日本軍の組織論的研究』の現代版のような論考が読みたいのだ。この未来が見えない感じはやはり落ち着かない。

 

昼に全品20%OFFをやっているブックオフへ。関川夏央谷口ジロー『「坊っちゃん」の時代』が全巻揃っていたので、もう読んだことあるけど、思い切ってまとめ買い。大好きなマンガだ。文学者、侠客、会社員、軍人、政治家、社会主義者ーー明治を生きた人間たちが自分の隣にいるように思えてくる。森鴎外言うところの「普請中」、必死に成長する途中の日本が描かれているが、それから100年後の日本がこうやってところどころ機能不全になっている事実に照らして読むとどうにも味わい深い。というか本書は、19世紀の末から100年後ーーバブルの日本のなかで、享楽の時代を見据えながら制作されたものだ。その頃から30年後こうなるともなかなか予想つかなかっただろう。未来って本当に分からない。

 

スパイク・リー監督『ザ・ファイブ・ブラッズ』。米国における黒人の歴史、ベトナム戦争の経験、それぞれの過酷な、トラウマも含めた記憶と歴史認識が激しく衝突し、そのたびに、その場にいる皆の、やりきれないような顔が映し出される。

無と餅の元旦

いつもは実家に帰ったりと慌ただしいのだけど、今回は帰省しないということで元旦は完全に「無」だった。一年に一度こんな日があるというのは精神衛生上よいことだ、と思う。

 

しかし僕は貧乏性なところがあって、完全に何もしないで過ごすことができない。そのため、おもに餅を食べていた。大晦日までに冷蔵庫のなかのものをほぼ食べ尽くしてしまったので、餅を食べ続ける。焼いた餅を、熊本産の「イワナガの醤油」につけて食べる。熊本では馬肉も刺身もこの甘い醤油で食べるようだが、餅につけてもじつに美味い。七味唐辛子もかけたり、海苔を巻いてみたり。

 

小さい頃、空手道場に通っていた。精神力が弱く泣いてばかりいるのを見かねた親に入れられたのだが、それによって精神が鍛えられたかどうかは分からない。あまり良い記憶もないのだが、唯一、年の始めに飾ってある鏡餅を叩き割って、ストーブの上で焼いてみんなで食べるイベントがあって、毎年心待ちにしていた。紙皿に醤油を垂らして、それにつけて食べるだけだ。いまだにそのときの味が忘れられず、餅につけるならきなこよりは醤油を選びたくなる。

 

雑煮も作ってみようと思い立ち、あえてレシピはググらずに想像で作ってみた。といっても、餅と三つ葉しかないので、具材はそれだけだ。昆布出汁で、さっきの「イワナガの醤油」を入れたらとたんに塩辛くなったので「これでよい」とする。そこに焼いた餅を三つ入れて、三つ葉を適当に千切って、皿の真ん中にレイアウトするのがきれいだろう、とinstagramが頭を過りながら落とすと、ハラハラとつゆのあちこちに散らばってしまった。雑煮の絵文字を作るとすればこんなイラストになるだろうというものが出来て、食べてみたら美味しかった。

 

ちなみに昨日(2日)は「100分de萩尾望都」という番組が放送されており、見ていたらすっかり興味を持ってしまい、デビュー作から順に読んでみようと思い立った。じつは家にほとんど揃っている。デビュー時点から、少女漫画のフォーマットにも関わらず、仄かにSFの要素があるように読める。「クール・キャット」という短編に出てくる猫は、大胆な描線でとってもかわいい。猫がメチャクチャに引いたピアノの録音を「アングラのレコード会社が気にいって売り出そうって話なんだよ!」なんてセリフに、60年代後半の自由な雰囲気を感じ取った。

今年もお世話になりました。+よかった本4冊

今年はいつもよりは多めに読書をしましたが、そのなかでも現代に直結するであろう本について軽くレビューします。

 

内務省衛生局 編『流行性感冒』(平凡社

100年前に起こった「スペイン・インフルエンザ」の感染状況を、当時の内務省が分析した記録。海外の状況も充実しており、ネットもない頃によくここまで。当時の名もなき官僚たちの仕事に敬服。今年の4月頃にはpdfを無料公開していました。そんな平凡社さんの心意気にも敬服。

 

速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店

「スペイン・インフルエンザ」については上記の書籍くらいで、じつは記録がちゃんとまとまっていない。現在と同じような世界的パンデミックにも関わらず不思議なんだけど、第一次世界大戦中だというのもあったと思われる。各国があまり情報を出さなかったので、中立国だったスペインに入ってきたときにようやく言及されるようになったため「スペイン」という名前になってしまったという経緯は初めて知った。地方紙なども含めてひたすら当時の新聞記事などを掘って全体像を明らかにしていく作業に頭が下がります。著者は2019年に逝去しており、もし御存命であれば現在をどう見ていただろうかと考えてしまう。

 

美馬達哉『感染症社会』(人文書院

今年7月刊行、その時点までのCOVID-19状況をさまざまな面から分析している。疫病とはすなわち社会の問題であり、ひとつのスペクタクルでもある。というのは頭ではなんとなく理解していても、自分のような素人には追い切れない部分があり、ここまで精緻に語られるとただただ圧倒される。かつ、過去の「感染症映画」をカジュアルに紹介していたり、文化系にも入りやすい。これぞ総合的知性という感じ。。キーワードは「生政治」。

 

市野川容孝『身体/生命』(岩波書店

かつて世紀の狭間に刊行されていた岩波の「思考のフロンティア」シリーズは、いまこそ読まれるべきかも。ここ数年のインターネットを騒がせている話題の数々がコンパクトにまとまっており、思考が整理される。この本ではフーコーの「生 - 権力」の内奥に入りこんでおり、「近代」を考えるならまずはここからだと思う。そういえば鶴見済『檻のなかのダンス』(太田出版)も、いわゆるレイヴとサブカルというイメージかもしれないが、じつはフーコーを噛み砕いて説明しており、中学生だった僕はたいへんに触発されたのだった。そんなわけで読み返したりもしていた。来年の自分のなかで柱としたいテーマ。

 

 

そんなわけで、今年は1月のTVOD『ポスト・サブカル焼け跡派』刊行に始まり、さまざまな方にお世話になりました。なかなか外出もままならない状況ながら、素晴らしい方々との出会いも多く、知的刺激は例年の5割増くらいだったかもしれない。来年もどんどん行きます。どうぞ宜しくお願いいたします。